何もかもが「自分を責めるための暗黙のメッセージ」に感じられる

アダルトチャイルドは、周囲の人の態度や些細なものごとを「自分を責めるための暗黙のメッセージ」と感じてしまいやすいのです。

・相手のメールの返信が遅れた
⇒何か気に障ることを書いてしまったから、自分が嫌いだから返事を遅らせているのではないかという恐怖に駆られる。
・グループでたまたま連絡漏れがあった
⇒グループの誰かが自分をグループから外そうと考えているのではないか
・友人や同僚の中に不機嫌そうな人がいる
⇒自分に対してのみあからさまに不機嫌で邪険な態度を取っているわけでなくても、自分が何か悪いことしたのではないかと恐れる。

もう、自意識過剰としかいいようがないですよね。

実際には、忙しければメールにかまっていられない時もあるし、返信しにくい内容もあるし、勘違いだってあります。
気にするAC本人が「相手を不快にしないための文面」を考えるあまり、メールが遅くなりがちだったりするのですが、その矛盾に気付いていても、なお怖い。

また、人は疲れている時もお腹が痛い時もあって、終始ニコニコしてはいられません。
そして何より、周囲の人は「私」にそんなに関心ありません。
「私」に悪意を伝えるために一々不機嫌な態度を振りまくほどヒマじゃありません。
分かっていても、或いは本人も無自覚のまま、そのように「感じて」、居心地が悪くなり、萎縮したり聞かれてもいないのに言い訳したりしてしまうのです。

これは原家族(アダルトチャイルドが育った家族)に原因があります。

すぐにカッとなって暴力をふるう親であったとき。
口では指図をせず、不機嫌な態度を取ることで子供をコントロールするタイプの親であったとき。
子供は親を注意深く観察し、それこそ親が眉ひとつ動かしただけでもその態度から示唆するものを正確にくみ取って実行する必要がありました。
「不機嫌のサイン」を見落とせばひどい制裁が待っていたからです。

悲しいことなのですが、能動的な制裁ならまだマシなのです。幼少時よりずっと「イイコでなければこの家にいてはいけない」という居場所の無さを感じ、「見捨てられないために自分を偽っ」て、「しがみついて」きたので、成人して後もどんなコミュニティに属しても「自分がそこにいていい」とは信じられないのです。
なにか、使えなくなったりヘマをしでかしたら、居場所を失うという根源的恐怖がある。
周りが穏やかにしていても、いつ崩れ去るか分からないという、恐怖がある。

生き辛さのしくみ

実社会では、サインでないものをサインと受け取って一々恐れを感じるので疲れ切ってしまいます。
また、疲れている時にちょっと雑な対応をしただけで、ちょっとメールの返信が遅れただけで自意識過剰な反応を示す人が近くにいると、周囲も疲れます。

「人から嫌われたくない」と感情は、人であれば多かれ少なかれ持つ感情でしょうが、この感情は裏返せば「私を嫌ってはならない」というコントロール欲と同じです。
強すぎると、相手が息苦しくなります。

結果、「人から嫌われる恐怖」を抱くがゆえに「人から嫌われる」という悲しい結果を引き起こします。
特に、健全な精神を持った人ほどいつもいつも自分の機嫌を伺ってくるような行為、暗に機嫌よく振る舞い続けることを押し付けてくる行為をしてくる人には違和感を感じますから、健全な人ほどAC的行動をとる人からは離れていきます。
結果、同じニオイのするAC同士だけが残って、原家族の家族関係と同じ不健全な人間関係を再現してしまったりもします。

虐待の世代間連鎖の観点からこの感情をとらえてみる

私の母はすぐに「カッとなって」子供をヒステリックに怒鳴りつけたり殴ったりする人でしたが、同時に子供がネガティブな感情を表現するのを物凄く嫌がる人でもありました。
怒り、哀しみ、憎しみ、悔しさ。子供のそんな感情はすべて「ふてくされている」と表現され、子供が「ふてくされて」ていると母は「学校で何か嫌なことでもあったの?」と子供に寄り添う代わりに自らも不機嫌になり、あからさまに無視をし、食事を抜くなどの制裁を行うので、子供はその日のゴハンにありつくためには、疲れていても具合が悪くても、はたまた親から理不尽な暴力を受けた直後で痛みと悔しさにまみれていても、そういった本音はグッと押し殺し、笑顔を仮面のように貼り付けてダイニングに行かなければならなかった。

子供にだって感情はあるのに、いつもいつも、ヘラヘラと笑ってないといけなかった。

親もまたACであって、子供がにこやかにしていないと即「責められている」「否定されている」と感じる癖があったのだと思うと説明がつくのです。

赤ん坊など、お腹が空いたといっては泣き、オシメが濡れたといっては泣きますが、親がそれを全部「自分を責めるサイン」と受け取っていとしたら。
もっと大きくなってからは、自我が目覚めれば必ずしも親の思惑通り・言う通りには行動しなくなりますが、それを一々「自分を拒絶するサイン」と受け取っていとしたら。

子育ては「責められる」ことの連続でなんとも苦しいものだったでしょうし、子供に対して「こんなに必死に育児をしているのに、なんでお前はいつもいつも私を責めるの?!」という怒りを抱くでしょうし・・・。
親子というのは絶対的な関係ですので、暴力で抑え込んででも「親たる自分を責めるのを止めさせようとした」と考えたら・・・説明がつくのです。

とても悲しいことですが。

周りが自分を責めているように感じるときの対処法

「相手の感情は、相手が決める」言葉に出してつぶやきましょう。口に出せる状況でないときは、手元の紙に書きましょう。言葉にすることが重要なので、書いた紙は、すぐに捨ててしまって構わないのです。
相手には相手の事情があります。相手の感情は、相手が決めるものです。
この事実を、きちんと言葉に出して何度も心に刻み付けていくのです。

それでもすぐにはラクにならないかもしれません。
かつて何度も何度も罵られて萎縮していった自分を、今度は何度も何度も解放してあげましょう。
少しずつ、少しずつ。

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