アダルトチャイルドは親を許すべきなのか

親を許すべきという言葉や思考に苦しめられている人がいる

毒親であろうと、親は許すべき。

そういう考えが蔓延しています。
この社会一般の「親孝行しましょう」という社会規範だけでなく、治療の現場でさえも。

長い苦悩を経てやっと自分がアダルトチルドレンであると気付けたのに、今度は親を「許すべき」という言葉や思考に苦悩してしまうアダルトチルドレンがいる。

どっちが正解なのでしょう?
私にも分かりません。
ただ、ひとつ、大事な事があります。

それは「許すか許さないかを、自分で決めていい」ということです。

許さない自分が苦しければ、許せばいい。
現在の問題(うつ病等)を解決するかも、という下心で、許してみてもいい。
でも、許す事で自分が苦しくなるのなら、許さなくてもいい。

誰かに「許すのが回復の道です」勧められても、それがカウンセラーなどのプロと呼ばれる人達であっても、許す必要はありません。
・・・許すべきときが来たと感じていないのに、無理矢理許そうとする行為は、子供時代に行ってきた感情の抑圧を強化すること。回復とは逆の行為です。
抑圧の強化に成功すれば束の間の安定は得られるかもしれませんが、そもそも抑圧しきれなくなって様々な生き辛さが生じているのです。

親本人や、友達や配偶者・恋人に「許さないのはおかしい」と責められても、許す必要はありません。

繰り返します。どのような場合でも、忘れてはならないのは、あなたは親に対して許す自由と、怒る自由。その両方を持っているということです。

何をもって許すとすればいいのか

許そうと決めてはみたけれど、何をもって許せばいいのか。これも、あなたが決める事です。

  • 一切合財、洗いざらいを全部「無罪」として親孝行の限りを尽くす。
  • 心ではもう親を責めるのはやめよう、と決めるが、親とは疎遠のままとする。
  • 心では許していないけれど、形式上の世話や母の日等の感謝の行事を行う。

どれでもいいのです。
一旦許したらその後ずっと許し続けなければならないということもありません。

許しても苦悩があるでしょう。
許さなければ、淋しさに苦しむかもしれません。

そんな中で、自分字便の気持ちの落としどころをみつければいいのです。

許しには宣言が必要か

許したところで、別に本人に宣言する必要もありません。
覚悟しなければならないのは・・・。

子が、昔の辛かったあれこれを並べた上で「許します」と言ったら親が悔い改め、ワーッと泣いて抱き合って、翌日から笑顔でコーヒーを飲む・・・。
それは、ドラマの中だけの話です。

毒親は、自分の非など認めません。
子育てが完了した後になって自分の子育てが失敗だったと認めることは、人生の全否定に近いものがあります。
それが出来るような強い人間は、小さくてか弱いわが子を殴ったりけなしたりすることはありません。
親の未熟や子の反抗期やらで親もイッパイイッパイで親が一時期、手を挙げてしまうことがあったとしても、悔い改める猶予は子が成人するまで20年はあったのに、悔い改めなかったなら、それが答えです。

さらに言えば、アダルトチャイルドを育てるような親の大半は、親自身がアダルトチャイルドです。
それ以外の「愛情表現」を知らない。育てられたように育てただけ。知らないものを改めることは出来ません。

繰り返します。ここ、大事です。試験に出ます。よく覚えておいてください。

 

あなたには怒る権利があります。
許す権利もあります。
どちらも義務ではありません。
あなたの心の在りようは、あなたが決めていい。それはあなたの「権利」です。

そして、上手く親と和解出来なくても、或いはどうしても親を許せない場合でも、どうか親を許せない自分のことだけは許してあげてください。

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