インナーチャイルドワークの重要性

アダルトチャイルドだとかインナーチャイルドワークだとかいうと、とかく
「自分の欠点を親のせいにして、いつまでも子供時代のあれこれを取り上げてはグチグチと親を責める」
というネガティブな印象がつきまといます。

周囲もそのように見がちですし、何より本人が「親を悪くいう」ことの罪悪感にかられてインナーチャイルドワークを開始できない事も多いのです。

間違えないでほしいのは、

アダルトチャイルドの問題点は
「過去に殴られたこと」
ではなく、暴力のある家庭を生き延びる際に身に付けた思考や行動のパターンがゆえに
「現在、生き辛さを抱えている」
ことです。

怪我をしたときに、速やかに処置出来れば傷は治ります。
適切な処置ができなければ、身体の中には膿がたまって延々人を苦しめます。

インナーチャイルドワークは、その「膿」を取り除く作業です。
当時許されなかった「悲しむ」「嘆く」といった作業(=適切な処置)を、遅ればせながら行うことで
「怪我の回復」をする・・・生き辛い思考や行動のパターンの源を自覚し、修正していく作業です。

たとえばアダルトチャイルドは、現在起こっている物事に、無意識のうちに過去に起こっていた物事を投影してしまうために理不尽な恐怖や怒りが湧き上がることがあります。
インナーチャイルドワークは、その「理不尽な恐怖や怒り」の原因をたどっていき「大人になった自分自身が、親に代わって子供時代の自分」を癒していく作業です。

そのために過去を思い出す必要があるということで、決して、親を悪者にして責任逃れをする作業ではないし、親を悪しざまにすること自体が目的なわけでもありません。

親が自分を殴る人であった場合、親を許すか許さないかという問題もつきまといます。
インナーチャイルドワークの結果、色々な怒り哀しみを思い出して「とても親とはやっていけない」という結論に達する、ということもあり得ます。
ただ少なくとも、インナーチャイルドワークそのものと、親とどういう距離感で付き合っていくのかという「決断」は別問題で、インナーチャイルドワークそのものに罪悪感を感じる必要はありません。

気付ければ、対処できる

たとえば、私は子供の頃から強盗が押し入るという悪夢に悩まされてきました。
ある日、ドアを叩き壊して侵入しようとしているのは、強盗ではなく
「自分を殴ろうと部屋のドアをこじ開けようとしている父」だと気付いた。
その日以降、ピタリとその夢は見なくなりました。

本当に不思議なほど、ピタリとやみました。

「大人の自分」が、子供の頃に起こったものごとは
「当時子供だった自分」に代わって気付き、状況や感情を言葉にし、イメージの中で子供時代の自分を慰めてやることで
訳もわからぬまま、ただ荒れ狂うだけしかできなかった感情は
ひとつひとつ「あるべき場所」におさまっていきます。
「悲しみ」「悔しさ」は伴いつつも、理不尽に暴れたりはしない「記憶」に変えていくことが出来るのです。

暴力は、幼い頃から繰り返されているとそれが苦痛であったことを自覚することすら難しくなります。
記憶の向こうに押しやって、思い出せなくなっていることも多々あります。

健全な家庭に育った人であっても、誰もが幼少時のトラウマのひとつやふたつは抱えているものです。
でも、そして大小無数のトラウマが地雷原のように広がってしまっている人は
そして、どこに「地雷」が埋まっているかも分からない状態に陥っている人は
そのままではリラックスして人生を歩いていけない。

インナーチャイルドワークは、これをひとつひとつ取り除いていく作業です。
地味で時間もかかり、そして辛い。
でも、取り除き、あるいは取り除けないまでも「地雷マップ」を作らなければ
その後の人生をのびやかに生きることは出来ないのです。

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