食事を楽しむという事を知らない人達

成人後、まだ母と一緒に暮らしていた頃のある日。
調理中の母から「味見をして」と言われた。

母は、娘である私がキッチンに立つのを好ましく思わない人だったから、そんな事を頼まれることに驚きながら、味見をした。
確かに気が抜けたような味だったので、みりんやら塩やらの基本的な調味料を足して味を調えたら、母がその味をみて
「何を足したら味が調うのか、味見しただけで、なんでわかるの?」と聞いてきた。

・・・分からないまま、何十年も主婦してきたの?

私はそっちの方に驚いたわけだけど

私の実家では、父が食事について「減塩」「一日30品目」「ごはんは柔らかく」「焼き目程度の焦げも駄目」等々細かい制約を課していたから

ご飯はいつもベチャベチャ。
野菜炒めでも煮物でも、とにかく多種類の食材を放り込むせいで、味も食感も混ざって、それぞれの野菜の旨味など台無し。
魚は焦がさないように低温で焼くから、火は通っているけれど生焼けのような味気無さ。たまに焦げた時にも、焦げた部分を食べようとすると厳しい怒声が飛んできた。

母は「今日はサボりたいからカップ麺でも食べといて」というようなこともなく、毎日毎日、父の言いつけに従って多品目を食べられるような料理を作っていたから、調理にかけていた時間はかなり長かったと思うのだけど

味覚なんて、あればあるほど虚しくなるような食卓だった。

そして「美味しいねえ」なんて笑い合いながら食事する雰囲気もなく、ただ出されたものを淡々と口に押し込むのが、実家での「食事」だった。

・・・親自身が、食事を楽しむということを知らない人達だったんだろうと思う。

実家では、料理を作るのも、食べるのも、美味しいフリをするのも、全部義務だった。

 

私は体調が体調だから手の込んだ料理は全然作らないのだけど、肉も野菜も、ただ焼くだけ、煮るだけ、あるいはかじり付くだけで美味しいのだと知ったのは、親元を離れた後だった。

「何食べようかなあ」なんてウキウキ考える楽しみを知ったのも、たまにはお菓子とビールを食事にしちゃう楽しみを知ったのも、親元を離れた後だった。

あの人達はきっと一生、知らないまま生きていくのだろうと思った。

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