孤独死が悲惨で可哀想だから対策が必要らしいけど、自治体に「見守り」してほしい当事者って本当にいるの?

孤独死が、問題になっています。
これに対してはお役所も動いていて、厚生労働省も全国の孤立し防止対策等の取組事例をとりまとめたり(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000034189.html)し始めていますので、そのうち有識者を招いての検討会でも開かれるかもしれませんね。

取組内容は地域によって違いますが、ご近所福祉スタッフを配置したり、自治体に窓口を設けて郵便物が溜まっていたり洗濯物が干しっぱなしになっていたりしたのを発見したら報告したりするのだそうです。

大体が「絆」とか言って「良いこと」の文脈で語られています。

でも。

孤独死が「悲惨で可哀想」と思うのは、誰なんだろう?
「見守り」されてうれしいのは誰だろう?

私には、健康で孤独じゃない人達の発想な気がしてならないのです・・・。

孤独死の定義

孤独死の定義は、統一はされていないようです。現場の最前線である、ある遺品供養専門の会社が考える孤独死は

一般的に孤独死とは、最後を看取る第三者がいない状況を云う様です。 病院等で「臨終」した場合は、これに当てはまりません。 私達は、「お部屋の片づけ」をさせて頂く関係で、お部屋で亡くなった場合は、1週間以内に発見された場合は「孤独死」とは思ってません。(株式会社羽松院

だそうで、確かに「異状死の内、自宅で死亡した一人暮らしの人」(東京都監察医務院の定義)という定義では、事故や心疾患等で病院に搬送される暇なく亡くなった独り暮らしの人間はほぼ全員「孤独死」にあたってしまいますので、「一週間発見されない」という条件も加えた方が世間一般的な孤独死のイメージに近いですね。

孤独死の当事者=高齢者?

ちなみに、孤独死というとヨボヨボのお年寄りを連想しがちですが

「孤独死」された本人の年齢は、50歳代がド真中!。ほぼ70%がこの年代です。 内、85%が男性です。皆さんが思う高齢者の孤独死は、殆ど有りません!。何故かと言えば、「介護保険」の施行により、多くの65歳以上の方達は何がしろの介護サービスを受けられるので、発見が早いのが事実なのです。(株式会社羽松院

孤独死の定義に「一週間」という条件を加えない東京都監察医務院の調査では、年齢層はもっと高めです。
ちなみに、一人暮らしで在宅介護を受けている方が亡くなって翌朝介護にやってきた家族やヘルパーに発見された場合でも「孤独死」です。

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東京都23区における孤独死の実態 東京都監察医務院 H22

 

一孤独死予備軍の悲願は「管理される位なら静かに死にたい」

私は、間違いなく孤独死予備軍です。
独り暮らしで、病気持ち。
毎日出勤する会社もないので、死んでも一週間位気付かれないのはゼンッゼン不思議じゃない。

心臓疾患などでいつ突然死するかに怯えている方とうつ病とは「死」に対する危機感が違うかもしれません。
ただ、そんな私も一週間何も口に出来ないほどの副作用に襲われたり、丸4日眠れなくてついには動悸がしてきたり、気温が突然上がった日にエアコンのボタンも押せず、水を飲みに立つことも出来ずにそのまま横たわっていて熱中症になりかけたり、またうつ病の特性からも、「死」を意識したことは数え切れません。

で・・・そんな孤独死予備軍たる私が「孤独死」をどう考えているか、なんですけれど。

「自治体に管理される位なら静かに死にたい」が本音です。

実際に二度ほど申し出がありました。
一度は、知人から。もう一度は、自治体から。

申し出られた瞬間に私が感じたのは。
うわあ、これで孤独死しなくて済む」なんて安堵感や喜びなど、どこからも湧いてはこなかった。

はっきりと、嫌悪感だけでした。

「この人障碍者の一人暮らしだから」とレッテルを貼られ「可哀想な」孤独死予備軍だからと決めつけられて、新聞どうかしら?なんて、職務に過ぎない役所の担当者や親しくもない近所の人に家を頻繁に覗かれたり、ちょっと寝込んでいて外から覗ける範囲の家事をサボっただけで「見守りでござい。生きてますか?」とチャイムを鳴らされたり?

そういうの、煩わしさでしかない。

今現在、十分に若くて健康な人は考えてみてください。
「今現在の自分」は、自治体や自治体から指示された福祉スタッフが頻繁に訪問してきて生存確認のために郵便受けやベランダを覗かれたいと思いますか?
郵便物をため込むたびに自治体に通報されたりチャイムを鳴らされたいですか?

今現在、孤独を感じている一人暮らしの人であってもなお、そんな「見守り」は「有難迷惑」と感じる人も多いのではないでしょうか。

自分にとっては「迷惑」なことが、高齢者や障碍者にとっては「有難いはず」と思うとしたら、何故ですか?
高齢者も障碍者を健常者とガッツリ線引きして「全く別の考えと行動パターンを持った、別世界の人」と考えていませんか?

私は一人暮らしで障碍者だけれど、同時に自分の人生は自分で選択したい・自由に生きたいと望む成人でもあります。
近所から、精神疾患ということで偏見の目で見られたくないと思って・・・偏見も多いですからね・・・ひっそりと生きている人間の一人でもあります。

遠方で、そう毎日は安否確認が出来ない家族などが、本人も同意の上で見守りサービスを自主的に利用することは否定しません。認知症の場合は、変な時間・変な場所を散歩していたら声をかけたり、自治体に報告する窓口が欲しいと思う当事者や家族も多いかもしれません。
でも、障碍者であるというだけで「見守られたいはず」とみなされ、管理・干渉を受けるのが当然とされるのではたまりません。

有識者って誰?当事者不在の議論はやめてほしい

遺体を発見した方、片づける方、孤独死した方が住んでいた家の資産価値の点から、「迷惑だ!」という文脈で「孤独死は問題」と主張するのなら分かります。
分かるので、訪問や覗きはさすがに勘弁!ですが「検針時に電気やガスのメーターが動いていなかった世帯があったら大家または自治体への報告を義務付けます」なんて法律でも出来たら、従います。
私は高額の報酬を受け取っても腐乱死体の処理なんてしたくないし、それを誰かに強いたくもないですから。

ただ、「悲惨で可哀想」だから施策をしなければ!という話であれば・・・まずは当事者の話を聞いてほしい。
この記事に書いたことは孤独死予備軍のうちたった一人の意見に過ぎないので、世の中には他人であっても生存確認をしてくれたら有り難いと思う人はいるかもしれません。

なにかあると役所はやたらと「有識者」を呼びます。孤独死予備軍の当事者ではなく、恐らく遺体処理会社の社長さんでもなく。そして会議を開き、施策を決定します。
その有識者とかいう人達が健康で、自分自身は見守りされる心配のない立場から、当事者不在のまま「悲惨で可哀想だ」と決めつけ、制度を作って無駄な税金を使ったり当事者押し付けるのだけは、どうかやめてほしいと心から願っています。

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