日本死ね。女性問題、ましてや我儘の問題に矮小化されている間は、少子化は解決しない

http://anond.hatelabo.jp/20160215171759
保育園落ちた日本死ね。

そんな匿名ブログが話題になっています。

最初は「匿名の人の意見は取り上げられない」とか頓珍漢な理屈ではぐらかそうとしていた首相も、抗議デモや署名が集まるに至って動かざるを得なくなったようだけれど。

・・・一市民だよ?
活動家じゃない。
私と同じ、あなたと同じ。
たまにブログで毒を吐いても、普段はフツーの庶民の家に住んでフツーに暮らして、普段は良識ある振る舞いをしてママ友とも穏便に付き合い、サラリーマンとして会社復帰しようとしているはずの、ひとりの女性だよ?

ミンナトイッショに長いものに巻かれて大人しくしていることが求められるこの国で、出る杭は叩かれまくるこの国で、そう簡単に名乗りを挙げられるかいな。
保育所不足なんて何十年も前からの「常識」なのに、それにスパンと切り込んで話題になったブログが匿名ブログだったから相手にしなくていいなんて話があるかいな。

転勤はそこまで「当たり前」である必要があるのか

さてさて。
年度末です。異動や転勤の辞令が降りたひとも多かったのではないでしょうか。

知人男性が、地方転勤になるそうです。
幼子が二人もいるそうです。

そんな話は、よくある話のひとつに過ぎないでしょう。
特に男性で、一定以上の規模の企業に勤めるサラリーマンは辞令が出れば転勤するのは当たり前のことです。

・・・よくある話のひとつに過ぎないことが、問題なのだと思います。

幼子を抱えた女性が転勤等を免除されることはあり得るとしても、幼子を抱えた男性が転勤を免除されるという話は聞いたことがありません。

幼子二人も抱えた家庭が、専業主婦なら夫とともに引っ越すのでしょうが、妻も仕事を持っている場合は、妻が転職か単身赴任かを迫られます。
勿論、男性が転職してもいいのですが、大抵はそうはならないですよね。女性の賃金水準は男性の6割のこの国、もう終身雇用じゃないのにから終身雇用の名残で転職で大きく待遇が下がりがちなこの国では、大抵その選択肢を取ったら経済的に行き詰まりますから。

女性が働きながら一人で子育てをするのは大変です。
仕方ないので妻が転職を、と考えても、幼子を抱え、かつ夫の転勤で数年しか留まる予定のない女性を雇いたがる会社はそうそうないし、保育園も確保できないでしょう。
仕事を辞めてついていけばブランクが空いてしまいますから、再就職出来る条件が整う頃には「主婦パート」位しか求人が無くなっている。

かくして。

何なんだよ日本。一億総活躍社会じゃねーのかよ。どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。

そんな話は、この日本にはありふれた「結末」となるわけです。そして、もともと「男性社員への」「配慮無い扱い」が妻に及んでいるだけなのに

女性社員にはこんなに配慮してやっているのに、女性社員はすぐに辞める。

となって、女性はますます敬遠される。そんな悪循環が起こるわけです。

大体、一サラリーマンにそんなに転勤が必要なのでしょうか?
世の中、「この人でなければ」という業務はありますよ?
経営再建に招かれたカルロス・ゴーン氏とか(たとえが古いですね。今なら誰が有名でしょう)。あれは彼じゃないとダメでしょう。
外交官とかの転勤してナンボの仕事もあるでしょうし、大企業の幹部候補生はさすがに、各地の支店やら現場やらを知っておく必要もあるでしょう。
でも世の転勤は「誰でもいいけれどこの位の年次の人を」という程度のものがほとんどですよね。

そこから考えないと、そういう大きな視点から考えないと、少子化なんて止まらないですよ。

なのに今は少子化は女性問題ということになっている。
さらには「女性の我儘のせい」ということになっている。

そりゃ、少子化なんて止まらないですよ。

お国のために子供を産む人なんていますか?
いませんよね。
・・・「お国のために子供を産むべき」がまかり通る社会なら、そんな統制国家は恐ろしいですよね。
お国のために産み、お国のために死ぬ。それ、戦時下の思想そのものですから。

現在ではとりあえず個人の自由は保障されていて、皆、その時々の条件を考えて、「幸せになれそうな方」を選択して生きているわけです。
個人のファクターと社会のファクターを考えて「産んだ場合・産まなかった場合」を比較して「産んだ方が幸せになれそう」なら産むわけですから

若い男女が大挙して「産まない」選択をし始めたのであれば、子育てに幻滅したか、子育てが困難であるかといった社会的な事情があるのですねと考えるべきで

誰が我儘だとか叩いてみたところで何も解決はしないわけです。
国の意に沿わぬ行動をとる者を、我儘だとか叩くことで捻じ曲げて「国家の意思」に従えようとする社会は現代国家とは言えず、そんな社会は非常に生き辛いわけです。

自己責任と我儘の名のもとで社会問題が放置される社会

自己責任と我儘の名のもとで放置されてきた社会問題は、少子化だけではありません。
私は就職氷河期世代です。
バブルがはじけて、企業が採用を控え、公務員試験の倍率も20倍、30倍、40倍と年を追うごとに冗談のようにハネ上がっていき、数年前までであればまっとうな会社の正社員におさまれた程度にはまっとうに育ち、まっとうに勉学にも励んできた若者が、大量にあぶれた。

どう見ても社会問題でした。
当時はあぶれた若者はまだ若かったし、あぶれた若者の親はまだ現役世代だったので、彼らはとりあえずバイトをしながら親元に住むことで
直ちに「若者が大量にホームレスに」という事態にはならなかったし、食い詰めた若者による暴動も起きなかったわけですが。

当時、社会がこの「あぶれた若者達」をどう扱っていたか知っていますか?
新聞を読んでいても、新卒採用シーズンに「氷河期」「超氷河期」、去年は「超」をつけたけれど、今年はもっと酷いから、なんと名づけよう?といった一定の関心を引いただけで「若年層の失業」という単語はまず目にしなかった。

彼らはフリーターと呼ばれ、ニートと呼ばれ、パラサイトと呼ばれ
現実には就職先の方が無かったにも関わらず「定職に就きたがらない」「自立したがらない」「我儘な」若者とみなして切り捨てられたのです。

その世代が現在、40代になり50代になり、バイト先からも敬遠され始め、親も高齢になってきて、社会からも居場所がなくなり・・・怠け者よと叩いても叩いても、自助努力ではどうにもならない段階に至った今になって、やっと社会問題として少しだけ認識されつつあります。
私は、彼ら自身に健康問題が発生し始めてバイトで食いつなぐことも困難になる10年後位から、いよいよこの世代に「失業」があったことが深刻な問題として表面化するとみています。

若者が若者であった当時に社会問題と認めて対策を打っていれば違う結果もあったかもしれませんが、「失われた20年」の間、バイトしかできずに過ごし会社員としての基礎を身に着ける機会を持てなかった大量の中年を、その後経済が上向いた時期があっても企業が注力するのは新卒採用ばかりで救い上げられる機会のなかった中年を、「一億総活躍社会」とか言って「輝かせる」のは相当に大変なはずです。

日本はそのように、社会問題が発生しても当事者の自己責任に帰して「怠け者・我儘」と叩くばかりで政策を打たない政治家やマスコミと、それを素直に受け止めて思考停止してしまう市民との「合作」で、いろんな物事が手遅れになってきています。

少子化も、団塊ジュニアはもう40代ですからね。その段階ジュニアが物心ついたころには既に少子化は絶賛進行中だったのに、・・・団塊世代が物心ついた頃にも、既に少子化は絶賛進行中だったのに、つまり対策を打てる期間は何十年も時間はあったのに何もせず、手遅れになった今になって気が付いたかのように少子化と騒ぎ始め、政治家が産まない女性を叩きはじめ、思考停止した市民が・・・特に子供を産まない選択肢がなかった年配世代や、この育てにくい社会で苦労して子育てをしている現役ママ達が便乗して「我儘な若い女性」を叩いていますけれど、
何もかもが「今更」なわけです。ちゃんちゃらおかしいわけです。

繰り返しますよ?

少子化は、我儘の問題ではありません。
女性問題でもありません。

社会問題です。

ここが認識されない間は、少子化は止まりません。
どんな社会問題も、自己責任と我儘に矮小化されている間は、解決しません。

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