「治るはずの病気」とされているがゆえの苦しみもある

うつ病が治る病気であることは、うつ病患者にとって救いであることに間違いはありません。
私のように、15年間一度も寛解も、軽快すらしたことのないうつ病者にとっても、それは変わりません。

しかし、うつ病は残念ながら「教科書的に」全員が3ヶ月薬を飲んで休養すれば治るわけではない。
治る人でも何年もかかる場合もあるし、・・・10年以上闘病しても、治らない人もいます。
ここに、苦悩が起こります。

発病直後

最初の数ヶ月は、ひたすら発病した事実と、発病によってままならなくなった体、そして薬の副作用などに戸惑います。この時点では、「治る病気である」という医師の説明は、希望そのものでしょう。
まだ、周りの目も同情やいたわりが主で「休んで」と言ってもらえます。

休職期間・モラトリアム可能期間

病気が半年、1年と長引いてはきていても、まだ「うつ病はこれ位かかるよね」と言われる範囲内の期間。また、会社員であれば休職が可能であったり、貯金を切り崩してこれまで通りの生活が可能であったり、主婦であれば結婚生活を継続していられる時期がしばらくは続きます。しかし、この段階ではまだ、本人も身近な人達も、焦ったり苛立ったりはしながらも、患者の回復を信じていられる。
この段階で回復すれば、業務量の調整などの修正は必要になりつつも、元とそう変わらない人生に戻っていくことが出来ます。

数年以上経過して回復しない場合

ここからが、本当に残酷なステージに入ります。

休職期間を使い切って退職、パートナーに見限られて離婚となる人も出てきますし、生活も水準を切り下げたり、実家や自治体に経済援助を依頼する必要が出てきます。
回復しても、発病前の生活や人生に戻っていく道が閉ざされ始めます

本人や身近な人達は、治ることを無条件には信じられなくなってきます。
治りたいという希望と延々回復しない現実のギャップの大きさに苦しむことになります。

「治るかもしれないし、治らないかもしれない。回復の時期に至っては、全くの不明」
という中途半端な状況と、「今更治ったとしても、失われたものは戻らない」現実に苦しむことになります。

これが例えば事故で右手を失った方であれば、何年経っても10年経っても、右手が生えてくることを期待し、右腕のリハビリを続けて「きたる日を待ちなさい」なんて話にはなりません。
右手が無くなった事実を「受け入れ」右手がないままに生きていく手段を考えることもまた辛いことでしょうが「障害の受容」という方向性自体はハッキリしています。

うつ病の場合は、何年経っても治る為の努力をやめることは許されません。
うつ病のまま生きることを受け入れようとすると周囲から「怠け」「甘え」「疾病利得」というネガティブな言葉が容赦なく投げつけられます。
何より自分自身も、うつ病の苦しみが続く事も、日々苦しさをやり過ごすだけ・命はあっても人生を築いていけない現実も耐え難いので「本来は治るはずの病気です」と言われたら、治る事を諦め切れない。

慢性化したうつ病患者は、あるかどうかすら疑わしい「回復」の日を目指して何年も何十年も頑張り続けなければならない。

これもまた、とても苦しいことなのです。

LINEで送る
Pocket